イン切り再考

  • イン切りとは何か?

「イン切り」は数ある競輪選手の戦法の中でも、最も初心者にとって理解しにくい戦法である。イン切りを客観的な見地から定義すると、「後方にいる選手が上昇し、先頭位置の選手を交わして自分が隊列の先頭に立つこと」となる。定義に「イン」という言葉が出てこないが、原則イン抜きが御法度の競輪では、アウトから上昇して、それまでの先頭選手を交わしてインコースに切れ込むわけだから、そのビジュアルをイメージしていただければと思う。
でも、この説明だけではなんのことやら分かりづらい。「抑え先行」するわけでもないのに、先頭に立とうとするのはなぜか?一番ポピュラーなのは、目標とする選手の居ない追込み(または自在型)選手が、自分の後に上昇してくる先行選手の番手を狙うケースである。当然その先行選手の番手にいる選手と競り合いになるが、競りは基本的にイン有利であるから、競り合いを有利に進めるためにインを切るわけだ。先日の青森記念決勝での紫原の動きがこれだ。
オールスター決勝戦での北日本ラインの榊枝のイン切りはこれとは違う。もう一つは、ラインの構成員が、自分の属するラインをスムーズに先行させるために行うイン切りである(これを狭義のイン切りと定義する。以下、イン切りの記述はこれを指す)。「スムーズな先行」とは、叩き合いや、番手での競り合いのない先行のことだ。すなわち、先頭位置に敵ラインの先行選手がいる場合は、勝負所で自分の属するラインが上昇した際に突っ張られて叩き合いになってしまう恐れがある。それを避けるためには、勝負所の少し前でインを切って敵ラインを引かせればよい。また、先頭選手が番手勝負を仕掛けてくるタイプの選手の場合も、同様に抑え込んで番手に飛び付きにくくすればよい。榊枝の場合は、前方に居たのが先行意欲の旺盛な稲垣ラインと、伏見の番手を狙ってくることが予想された神山ラインだったから、イン切りは作戦としては実に理に適ったものということになる。

  • イン切りを巡る本音と建前

榊枝のイン切りは、横田によって伏見の上昇が阻まれたこともあって失敗に終わり、客の非難にさらされた。北日本ラインは平成13年のふるさとダービー函館優勝戦でも、佐藤康紀がイン切り策に出たが結局伊藤保文のイン粘りを許し、失敗。しかし、イン切りの失敗例として最たるものは、同年の全日本選抜優勝戦ではなかろうか。このレースで山田裕仁は松岡の三番手でアシストというコメントだったが、レースが始まるとなぜか中部ラインの先頭で赤板から上昇し、先頭にいた小橋正義を抑えようとしたが、見抜かれて失敗、ズルズルと後退した。コメントの段階でイン切りを匂わせていたこともあって、山田の車券は実力の割りに売れていなかったが、これは大きな非難を浴びた。
イン切りがうまくいかないのは、最近の競輪で滅多に使われなくなった戦法であるということが大きい。数年前まで、記念以下のグレードの開催では、二日目以降の補充選手には競走得点がカウントされなかったため、補充選手は先頭での無理駆けかイン切りで正規選手をアシストするケースが多かった。こういった役割分担のはっきりしたレースは取りやすいため、私なんかもそうだったが、こういった補充の出るレースで確実に資金を増やして準決勝や決勝に備えるという戦略をとっている客も多かったはず。しかし、全員が1着を目指すというスポーツとしての競輪の建前を胴元側が強固に打ち出したため、補充にも得点がカウントされるようになった。買う側にとっては、調子の分からない選手を開催の途中から放り込まれるのは迷惑である。捨て駒として出てくれたほうが分かりやすい。
イン切りが非難を浴びるのは、捨て駒を使う戦術が「セコイ」と思われているのだろう。しかし、二段駆けも本質はいっしょである。二段駆けが、ラインの勝利のための特攻として美化されるのなら、イン切りは斥候として自分のラインのために他のラインをかく乱するのであるからこれも美化されてよい。実社会の組織にも内在的に捨て駒要員は存在する。競輪は社会の縮図なのだ。

イン切り策を、予想段階で読めないからダメだという人は勉強してください。ふるダビ函館のイン切りも今回のイン切りも、4車揃った北日本勢の理想はスムーズな先行だったし、イン切り要員は明らかな格下だから、読むことは可能である。全日本選抜の山田は、事前のコメントがあったにしても、山田の格からして限界事例という気がするが。